第46号 2009.10
目 次
- 第33回総会・研究大会報告
- 第33回総会議事の報告
- 理事会議事録から
- 第34回総会・研究大会について
- 追悼 杉原四郎先生
- 第1回日本イギリス哲学会奨励賞、講評
- ACNet(外部委託業者)より
- 個人研究発表と論文の公募のお知らせ
- 会員の動静
- 事務局より
コンテンツ
第33回総会・研究大会報告
日本イギリス哲学会第33回総会・研究大会は、2009年3月27日(金)・28日(土)の両日、宮崎大学木花キャンパスにおいて開催された。世話人を務められた伊佐敷隆弘会員、および宮崎大学のスタッフの皆様に支えられ、大いに盛況であった。
第一日目午前中の総会では、会長挨拶、開催校挨拶に続いて、議長に前田俊文会員が選出され、各種議事が滞りなく進んだ。また総会内において、今回が第1回となるイギリス哲学会奨励賞の受賞者として、島内明文会員が発表され続いて表彰が行われた。引き続き、星野勉会長による会長講演「規範理論としてのホッブズ社会契約論」と、質疑が行なわれた。
第一日目の午後は、シンポジウムI「アダム・スミス『道徳感情論』出版250周年を記念して」がおこなわれた。田中秀夫、只腰親和両会員を司会として、柘植尚則会員、新村聡会員、渡辺恵一会員による報告とそれに続く活発な質疑応答がなされた。専門を異にする提題者がスミス『道徳感情論』という一つの主題をめぐってそれぞれの立場から討議を行うという、当学会ならではの、内容の濃い学際的なシンポジウムとなった。
2日目午前中は、7人の会員による個人研究報告が3会場に分かれて行われ、若手の研究者を中心に古典から現代まで様々な分野の意欲的な研究成果が報告された。
午後にはシンポジウムII「ダーウィンと現代」が桜井徹、入江重吉両会員を司会として行われた。報告者は藤田祐会員、横山輝雄会員、伊勢田哲治会員。ダーウィン生誕200年、『種の起源』公刊150年にちなんだ企画で、生物学からの観点とは異なる視点からの報告や質疑応答も含まれ、大会を締めくくるにふさわしい活発なシンポジウムとなった。
また、第一日目の午後6時から、生協食堂内の施設にて懇親会が開かれ、地元宮崎の焼酎等を酌み交わしながらの、研究発表とはまた異なる活発な談義に花が咲いた。
第34回総会・研究大会について
次回第34回大会は、2009年3月26日(金)・27日(土)の両日〔*事務局より:日程表記に誤記がございました。申し訳ありません(2009/11/22)〕、慶應義塾大学日吉キャンパスにて行われます。同大学には、成田和信会員が所属され、大会世話人として大会開催に向けてご尽力いただいております。
第1日目には総会、記念講演、シンポジウムI「イギリス環境倫理思想」(司会:桜井徹、 大久保正建/報告者:蔵田伸雄,嘉陽英朗,大石和欣/コメンテータ:三浦永光)〔*事務局より:司会とコメンテータの記載事項に一部誤りがございました。申し訳ありません(2009/12/10)〕、懇親会が、第2日目には個人研究報告(2会場、6人)、シンポジウムII「大正期以後の日本文学・芸術思想に与えたイギリス思想の影響」(司会:名古忠行、冲永宜司/報告者:西田毅、織田健志、鈴木貞美)が予定されています。
会場、参加申込等の詳しい内容は、2月のプログラム送付の際にご案内いたします。
追悼 杉原四郎先生
田中秀夫(京都大学経済学研究科)
本学会の第二代会長を務められ、創立時から理事としてもご尽力いただいた杉原四郎先生は、本年7月24日午後7時46分、呼吸不全のため兵庫県西宮市の病院で逝去された。1920年生まれだから、89歳であった。
京都大学卒業後、助手となり、総退陣事件のあと関西大学に移って、経済学部長などを務めたが、その後、甲南大学に転じ、81年から84年までは学長職にあった。マルクス、ミル、河上肇が先生の主要な研究対象であった。著編書など100冊を越える。One Book Writerというのは怠慢学者への蔑称だが、先生のような場合はどう言うのだろうか。
わたしは、甲南に杉原先生の後任として赴任した。1981年のことで、以来、親しくしていただいた。宿題なども時々出されたが、それは若造を鍛えてやろうという老婆心であったと思う。
それまでのわたしは先生の『ミルとマルクス』(1957年)の怠惰な読者であった。先生のお仕事では『J・S・ミルと現代』(1980年)を愛読した。マルクス文献では『経済学ノート』(1962年)のお世話になったし、『マルクス経済学への道』(1967年)、『マルクス経済学の形成』(1964年)も記憶に残っている。『マルクス・エンゲルス文献抄』(1972年)も有益だった。先生が極めようとされたマルクスは、厳しいマルクスでもなければ、怒れるマルクスでもなく、冷静な社会の解剖学者マルクスである。
甲南時代には、先生から次々と書物を頂戴し、恐縮するやら閉口するやらであったが、学問への姿勢を教えていただいた。先生は総合研究所の創設に尽力され、学長を退いてからは、総合研究所のプロジェクト「ヴィクトリア朝研究」を楽しまれていた。メンバーはロシア経済思想史とウェーバーの田中真晴、『アイルランド紀行』などで知られる高橋哲雄、イギリス史の村岡健次、ディケンズの松村昌家、スィフトの渡辺孔二さんなどであった。わたしも少し参加したことがあるが、わたしの主力は18世紀のプロジェクトで、フランス革命の前川貞次郎、ウェーバーの山口和男、ドイツ国制史の黒田忠史さんと楽しい2年間を過ごした。
甲南を定年でおやめになってから一年後に先生は東京で倒れられたが、見事に回復され、その後も凄まじいほどの仕事ぶりであった。本学会での活動は、1976年から1980年代半ばまでの10年ほどである。わたしが理事となった1988年には先生は理事を退かれたから、交代した格好である。先生は、創立期の理事たちと協力して、この学会でも多くのお仕事をされた。イギリス思想研究叢書9『J・S・ミル研究』(御茶ノ水書房、1992年)は山下重一、小泉仰理事との共編であったが、ミルの多面性を抉り出した重要な研究として、今でも参照に値する。(「日本イギリス哲学会30年史」2006年を参照)
碩学であった先生は、学会活動や教育よりも、書斎で仕事をされるタイプであったように思う。先生のご自宅の蔵書を拝見する機会がなかったのは残念だが、充実した蔵書を備えた自宅での自由な、しかし勤勉な執筆活動が、先生の膨大な著作の誕生を可能にしたに違いない、とわたしは思っている。もちろん、才能は言うまでもない。先生は、先輩、同輩、後輩の多数の優れた研究者からなる友人に恵まれ、羨ましいほどの、広い知的交友を楽しまれた。わたしの知る限りでは、アダム・スミスの会の関西の中心は先生であった。小林昇会長時代の京都の例会は、先生のほかに、出口勇蔵、河野健二、水田洋、田中真晴、久保芳和、溝川喜一、相見志郎、田中敏弘などといった実力者の集まりであった。偶然だが、溝川先生を除いて、京都の先生はみな亡くなった。
戦後、京都大学経済学部では、戦争責任を追及する新聞投書をきっかけに、教官が総退陣するという事件があった。全員がやめたのでは経済学部は再建できないというので、学部長が説得に当たり、教授助教授は辞表を撤回したために、講師助手が辞めた。『京都大学経済学部八十年史』(1999年)には記述はない。このとき、先生は、白杉庄一郎講師、有田正三、河野稔助手らとともに辞職されたのであった。歴史は予想外の展開を示す。先生が残っておられたら、おそらくマルクス経済学原論を持たれたのだろうと思う。そうすると後の田中真晴先生の原論教授就任もなかったであろう。しかし、またそうすると杉原先生はあれほど多くの労作をものに出来なかったかもしれないと思う。大学紛争に絡んだ竹本問題は田中先生の辞職、甲南への転出を引き起こした。甲南での二人は実に昵懇で、相互に尊敬しあう間柄であった。しかし、批判がなかったわけではない。多作であればよいというものではない。田中先生の杉原先生への唯一の批判は、その多作にあった。杉原先生は舌鋒鋭い後輩に対して寛容であった。
杉原先生は、立て板に水のごとくに文章を書かれた。田中先生は、書いては捨て、書いては捨てて、ゴミ箱がすぐに一杯になった。遅筆の田中先生は、弟子に対して、教科書や解説的な文章を書くことを禁じられた。わたしのもう1人の師匠であった平井先生は「田中くん、論文は一つでもメリットがあればよいのだ」と言われ、たくさん仕事をするように諭された。わたしは田中先生のような珠玉の論稿を持たないことを情けないと思う。そして杉原先生を真似るかのように、たくさん仕事してきたように思う。
丸山真男のような天才でもなければ、両立は難しい。わたしは寡作でも多作でも、どちらでもよいと思う。しかし、杉原先生が、多作でありながら優れた著作をたくさん遺されたことを思うと、先生も両立派だったと自戒の念をこめて認めざるをえない。先生はミルの「停止状態論」にもマルクスの「自由時間論」にも現代的問題意識から光を当てられた。それはわが国の社会科学の共有財産になっている。
著作集は、藤原書店から刊行中で、近く最終巻が出ると聞く。若い研究者に是非、読んでほしいと思う。
第1回日本イギリス哲学会奨励賞、講評
篠原久(選考委員長 関西学院大学)
2008年9月27日、法政大学で開催されました「日本イギリス哲学会奨励賞」選考委員会におきまして、下記の論文を第1回「日本イギリス哲学会奨励賞」の受賞作とすることに決定いたしましたので、ここにご報告申し上げます。
島内明文(しまのうち あきふみ)
「アダム・スミスにおける道徳感情の不規則性」
(『イギリス哲学研究』第31号 2008年 掲載論文)
審査対象となった論文は合計4編で、選考過程では、(1)論文の骨子となっている基本概念を誤読もしくは誤解していないかどうか、(2)内在的・歴史的・批判的アプローチを問わず、原典の正確な読解にもとづいた研究となっているかどうか、(3)論述内容に十分な説得性がみられるかどうか、等の項目を中心に慎重に検討いたしました。
その結果、これらの項目に関して、島内論文が「学会奨励賞」の受賞作としてふさわしいとの結論に達しました。当該論文を受賞作とする具体的な論点は以下の通りです。
アダム・スミス研究に関しては(とりわけ諸外国では)最近になって、『道徳感情論』の研究が盛んになり、「倫理学者としてのスミス」が研究対象に設定されるようになりました。また現代倫理学分野でも、道徳的評価におよぼす「運・不運」(moral luck)の問題への関心から、ようやくアダム・スミスの「行為の功罪に関する人間感情に偶然性が与える影響について」という「道徳感情の不規則性」が注目されつつあります。島内論文は、これらの最近の問題提起をも踏まえながら、スミスの論述過程そのものにみられる整理の不備および外見上の矛盾等を指摘しつつも、「偶然性」(Fortune)の結果としての、他者への危害に伴う「自責の念や償い」に焦点をあわせるスミスの議論のなかに、「正義の執行」(社会の主柱)や「仁愛の付与」(社会の装飾)とは相対的に区別される独自の問題領域を見定めようとしています。ただ、島内論文には、哲学用語の使用法(訳語の問題)、および上記項目の(3)「論述内容の説得性」に関して、委員のあいだから不満が提出されたことも事実です。しかし最終的には、本委員会として島内論文を受賞作とすることに全員が一致いたしました。
ACNet(外部委託業者)より
2009年4月1日より、日本イギリス哲学会様の事務支援をさせて頂くことになりました特定非営利活動法人CANPANセンター(学会支援サービス名称:ACNet(エーシーネット))です。
今後、住所変更等の届け出、入退会のご連絡、及び会費の納入状況等に関するお問い合わせは、下記のACNet事務局までお願い致します(* web非掲載)。その他の学術的なお問い合わせは、従来通り日本イギリス哲学会事務局までお願い致します。
お問い合わせ内容 1.住所・所属先等の変更 2.入退会申請 3.会費納付状況の確認 4.会誌の発送について
個人研究発表と論文の公募のお知らせ
各種の公募は、毎年、以下の様におこなわれます。希望者は下記の要領で期日までに申し込んでください。但し、事情により変更の場合もありますので、直前にご確認ください。
(A)各部会研究例会報告
申込締切 各部会研究例会の2ヶ月前
報告時間 60分
申込先 各部会担当理事または事務局
*2008-2009年度部会担当理事
関東:岩井 淳、成田 和信
関西:伊勢 俊彦、桜井 徹
九州:岩岡 中正、関口 正司
(B)研究大会個人研究発表
申込締切 9月15日(消印有効)
発表時間 40分、質疑応答15分
レジュメ 1600字以内、英語の場合は390ワード以内
申込先 事務局
(C)『イギリス哲学研究』掲載論文
申込締切 9月10日(消印有効)
申込方法
次の要領にしたがって投稿してください。
(投稿規程)
応募論文の審査は以下のように行われています。応募論文は、匿名の査読者2名により審査されます。査読者は、編集委員会が編集委員を除く会員のなかから選出し、応募者名を伏せて秘密厳守のうえ依頼しています。よって、応募者名、論文名、査読者名は、編集委員会と事務局以外には非公開となっています。
また編集委員は、応募者にも査読者にもなれません。採否は査読者の審査結果によりますが、理事会において掲載論文を決定後、投稿者に連絡いたします。
事務局より
会費納入のお願い
会費未納の方は、1月末までに振り込みをお願いいたします。会費は一律6,000円です。
なお今回の会費請求で、2年間未納の方については、学会誌の送付を停止いたします。さらに5年間滞納の場合は、自然退会となりますので御注意ください。
編集後記
日本イギリス哲学会の事務局をお引き受けして、2年目となった。少しは仕事にも慣れてくるかと思っていたが、相変わらずの不手際・不注意で理事や一般会員諸氏にご迷惑をおかけしているのではないかと恐れるばかりである。
さて、本文中でも触れられている通り、総会での決定を受けて、今年度から学会事務の業務を一部外部委託とした。理事会でもいろいろ議論はあったが、学内での輻輳する雑事や、補助してくれる大学院生の手配の難しさなど事務局担当校の負担が能力の限界を超えつつあったための処置であることを、会員の方々にもご了解いただければ幸いである。まだ1年目ということで、必ずしもすべてが思い描いていた通りというわけには行かないが、今後互いに慣れてきて意思疎通がうまくいくようになれば、次期事務局の事務量がかなり軽減されることも期待される。
第33回大会において第1回イギリス哲学会奨励賞受賞者の発表があった。選考過程や選考理由について、詳しくは篠原委員長の講評をご覧いただきたい。この賞が今後若手研究者の登竜門として、学会内外の多くの方々に認知されることを願うものである。
最後になるが、本学会元会長の杉原四郎先生がご逝去された。田中秀夫会員の心のこもった追悼文が掲載されているので、是非お読みいただきたい。杉原先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。(中釜)