関東部会第72回研究例会

関東部会
第７２回研究例会

日時： 2003年11月29日（土）　午後1時～３時
場所：早稲田大学西早稲田キャンパス３号館２階　第３会議室

報告Ⅰ：「理性的対話と文化的中立」

報告者：広瀬武志（IES　全米大学連盟東京留学センター）
コメンテイター：谷澤正嗣（早稲田大学）

報告Ⅱ：「J. S. ミルにおける永続的な感覚可能性について」

報告者：　米原　優（東北大学大学院博士課程）
コメンテイター：　泉谷周三郎（横浜国立大学名誉教授）

イギリス哲学会関東部会報告要旨Ⅰ

題目：「理性的対話と文化的中立：または、僕はなぜオックスフォードで分析哲学者になりそこね、また今後もなれずじまいで生涯を終えそうか」

広瀬武志
（IES　全米大学連盟東京留学センター　代表）

要旨：
J.ロールズをはじめとする多数の現代自由主義者、またその影響を受けて登場したいわゆるDeliberative Democracy理論の支持者は、「公的理性」を基盤に据えた理性的対話を通じ、多元的社会における共生の可能性を追求する。そこでは、以下のことが共通の前提とされていると思われる。理性的対話は、拮抗する文化、宗教、生活信条等すべてに対して価値の中立を保証するものではない。が、そのすべての参加者に、対立点から目を逸らすことなく、互いに平等に、また尊敬の念（equal moral respect）を持って接するための場を提供する。さらには、多元主義的社会において、政治的な意味における「正義」（a political conception of justice）を実現するための最も穏当(least coercive)な方法でもある。

この前提にはさらに暗黙の了解事項がある。理性的対話に参加するためには、その信条・立場を、ある特定のルールにのっとり、どの参加者にも理解が容易な (accessible, intelligible)形で、表現(articulate)し、擁護あるいは正当化(justify/legitimate)しなければならない。が、果たして、このいわば「前提の前提」は（ここではthe postulate of deliberative legitimationまたは略してPDLと呼ぶことにする）文化多元主義の理念に照らして妥当(reasonable)といえるだろうか。

今回の報告では、主としてコミュニケーション学の研究に依拠しながら、PDLを前提とする対話が、時として激しく対立する参加者の間で、互いを平等に、また公平に扱う方法として十分でないばかりか、場合によっては全く逆に作用する可能性があることを指摘したい。また、すべての参加者に対するPDLの実質的な強要が、文化的多元主義の理念と衝突する可能性についても考えてみたい。

イギリス哲学会関東部会報告要旨Ⅱ

題目：　「J. S. ミルにおける永続的な感覚可能性について」

米原　優
（東北大学大学院文学研究科文化科学専攻倫理学専攻分野博士課程）

要旨：
　本報告で扱うのはジョン・スチュアート・ミル（以下ミル）が『ウィリアム・ハミルトン卿の哲学に関する考察』の第十一章「外界が存在するという信念に関する心理学的理論」で提示した永続的な感覚可能性という概念である。この章でミルは「物質は永続的な感覚可能性と定義されるであろう Matter, then, may be defined, a Permanent Possibility of Sensation 」と述べている。
　ミルの物質あるいは外界に関する見解は、これまでのミル研究において解釈が難しいものとされてきた。ミルは「物体 a body とは、現代の形而上学者たちが受け入れている学説に従えば、我々の諸感覚をそれに帰している外的な原因と定義されるであろう」と述べ、この外的な原因を「基体 substratum 」とも呼び、「哲学的な議論においては、この基体に物質という名が通常与えられている」とも述べている。ミルは外的な原因や基体で物質を定義するこのような見解を問題視し、それに対して永続的な感覚可能性で物質を定義するという自身の見解を提示したと考えられる。しかし、なぜこの永続的な感覚可能性で物質を定義したのかということは問題となる。この問題を解明するには、永続的な感覚可能性とは何か明らかにしなければならない。そして、この永続的な感覚可能性とは何かということに関してはこれまで多様な解釈がなされてきた。
　本報告では、これまでの先行研究で注目されてこなかった、ジェームズ・ミルの著作『人間精神現象の分析』に付した註釈でミルが提示した見解に注目する。まず注目するのは、ミルが具体的一般名の意味を複合観念の永続的な部分、すなわち知識の進展や何らかの誤謬の訂正による付け加えや部分的変更が生じない限り変動しない部分としていることである。さらに、ミルが信念と想像を区別し、その区別に対応するかたちで、この複合観念の永続的な部分を、諸感覚の永続的な群と諸思考の永続的な群に分類していることにも注目する。最終的には、永続的な感覚可能性とは、実在する（した）と信じられているものを表す、何らかの具体的一般名で呼ばれる諸対象が、共通に保持していることがこれまでに知られている諸属性のことであるということを明らかにする。しかし、本報告におけるこの解釈は、解明すべき問題を残している。

担当者：　星野　勉（法政大学）
　　　　　山岡　龍一（放送大学）
Mail : yamaoka@u-air.ac.jp